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興元寺法話2012.6

法名、戒名がなくても 阿弥陀仏は必ず救います



一般的に、戒名(かいみょう)や法名(ほうみょう)は臨終を迎えた時に、授かるものと認識されています。

 
戒名(かいみょう)とは、仏教において受戒した者に与えられる名前で、仏門に入った証、戒律を守るしるしとして名付けられるようです。
 
浄土真宗では、「戒名」ではなく、「法名」を用います。法名は、お釈迦様のお弟子になった(仏弟子)という意味と、お釈迦様の家族になったという意味でつけられる名前です。
 
 浄土真宗が、戒名ではなく、法名を用いるのは、その教えに理由があります。それは、私達は、戒を守り抜くことができない凡夫であり、そんな凡夫の私達は阿弥陀如来の誓願によってのみ救われるとの教えを信じているからです。

 また、法名は、故人に対して贈られる名前と誤解されることも多いのですが、正しくは生きている間に三宝(仏・法・僧)に帰依し、仏弟子として生きていくことを誓い授かる名前です。

 
しかし、近年、法名でなく俗名でお葬式をしたいという方も増えています。価値観や考え方、生き様が人それぞれのように、臨終への考え方も人それぞれでいいのです。私自身、法名の存在自体に疑問を持っています。

 
仏説無量寿経に「阿弥陀仏の願いは、すべての者に南無阿弥陀仏を与えて真実の世界に生まれさす」と説かれています。そこには、戒名法名という条件も、〜をした者を救うという条件も、何の条件も存在しません。阿弥陀仏が作り上げた南無阿弥陀仏の法が絶対真理に到達する唯一の法なのです。

 私達が、今、ここで救われていることを信じた時、お釈迦様のお弟子、または家族になっているのですから、俗名でいいのです。そして、俗名を大切にすることで、今の自分の人生を大事に出来るのです。

 
興元寺では、法名で無く、俗名でお葬式をされてもかまいません。法名が欲しい方は規定通り法名を御用意します。法名料(戒名料)は無料です。院号代は西本願寺が請求します。合掌

 写真は興元寺の時計草