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~2012年~
2012年2月21日(火)
新聞を疑って読んでみると
私は平成3年頃に放送技術社で働いていました。

テレビ朝日系の仕事です。

辞めて、お寺に帰って、1週間でNHKから採用のお誘いの書類が届きました。

なんと情報の早いのに驚かされました。
また、NHKは国営放送ではないですが、国の関与が強いイメージがありました。
でも、何が公正なのかと最近思っています。日本のメディアは何か同じ方向に流れやすいです。
また、組織も均一です。

読売新聞は日本テレビ。朝日新聞はテレビ朝日。毎日新聞は東京放送。産経新聞はフジテレビ。
日本経済新聞はテレビ東京と新聞社がテレビ局を持っています。

なかなか親会社の新聞報道をテレビ局各社が反旗を翻すことは難しいです。

でも、NHKは、NHK新聞は存在しません。
どこにも属さない独自性が確保されているのが凄いなぁと見ています。
皆さんも新聞を疑って読んでみると楽しいですよ。



2012年2月21日(火)
死刑制度の不公平
 被害者重視の厳罰化の流れで、残虐性を重く見た最高裁判決が出ました。

いつも私が思うのは、命の平等を見ていない司法制度が存在していると思っています。

光市母子殺害事件で死刑になりましたが、
乳児を殺すことが、残虐なら、親の虐待によって殺された乳児や幼児や子供達はどこで恨みをはらすのでしょうか?

今の司法は、親が子供を殺すことに寛大です。
でも子供が親を殺すと重罪です。
根底に倫理とか道徳とか上の者に従う上位関係の縦社会の維持がすけて見えます。

もし、残虐性重視なら、児童虐待で殺した親も死刑にするべきです。
でもそうならないなら、他人が殺したら死刑ということが、本当に正しいのかと問わねばなりません。
誰が殺しても死刑といえば、命を平等に見ていると思いますが、今はそうでない社会なのです。

早く虐待に歯止めをかけたいものです。




2012年2月21日(火)
光市母子殺害事件最高裁判決
ご遺族、関係者永い間お疲れ様でした。
重罪と少年法と量刑のバランスが不公平だった今までの制度が少しは公平になったのも、
すべてご遺族の願いの結晶だったと思います。

住職という立場上、死刑制度には基本的には反対です。

冤罪という無実の罪で死刑になる可能性もありますし、お釈迦様は聖戦も含め人殺しを認めていません。
それは、すべての命は平等だからです。
殺された命も犯人の命も平等なのです。
だから死刑は回避できれば回避するべきなのですが、絶対に殺しあいのない世界はこの世には存在しません。
なら、死刑になる犯人の命も尊いことに気がつけば、それで充分なのです。
死刑という抑止力によって、類似事件を発生させないことが智恵なのです。
そして死刑執行によって私達は命の尊さを知ることができるのです。

少年法で犯人は匿名でした。

理由は更生を考えて実名報道しないということですが、それが果たして更生を阻害するとは私には思えません。
若いからこそ、就職先は40歳代や60歳代よりも恵まれているはずです。
更生がどうのこうというなら、再就職が厳しい40歳代や50歳代や60歳代の容疑者や受刑者を匿名にしないと
雇用の機会が失われます。
でも、世の中は実名報道が当たり前です。
少年法だから、更生だからと甘やかしていること自体が社会全体の罪なのです。
それでは、加害者も被害者も苦しむだけです。
若いからこそ何が善いか悪いかを教えることが大事だったのでしょう。
犯人も寂しい人生だったと思います。今日のこの日を犯人も待っていたと思います。
お前悪いぞ!と真摯に言ってくれるのを待っていたのかと思います。





2012年2月15日(水)
雛人形
義父が孫のためにお金を用意してくれたので、手頃な価格で三段飾りのひな人形をインターネットで買おうとして、ほぼ決定していたのですが、「顔がいのちだから、一度デパートで見てみよう」と思い、見に出かけました。

実際見に行くと、お目当てのものは置いてなかったのですが、顔の他にも素材や質感、そして作り込みの丁寧さなどがそれぞれ違うことに驚かされました。
二次元で正面しか見てないと、後ろがどうなっているかわかりません。そんな単純なことに今更ながら気づかされました。

face to faceで相談に対応して下さる店員さんと会話によって理解できれば、知識が豊かになります。

今は余裕がないから、7段飾りは無理でも、少しずつ増やしていく方法もあると聞いて、新しい選択肢が見つかり、インターネットで決めていた商品をやめて、大丸で購入しました。

世の中も同じです。自分の知っている選択肢以外にも、人との交流の中から新しい選択肢が見つかるのです。もっと人の話に耳をかたむけたいものです。






2012年2月15日(水)
維新の会について
橋下大阪市長の塾に応募しようかと一瞬思いました。私が思うくらいですから、動かされる方々が沢山おられるだろうと思いました。惹き付けるものとはなんでしょうか?

小泉郵政改革、民主党政権誕生、維新の会と共通しているのは、変えることです。そして持続を目指しています。諸行無常の世界なのですから、放っておいても変わるはずですが、放っておいて変わる時はたいがい悪い方向に進みます。良いことが続いていくために変えていかなければ、放っておいて変化するのと変わりません。
政治の硬直化と言われます。何もしない状態が日本を悪くしているのです。高校の無償化で喜んでおられる方をよく見ます。変われば希望が出てきます。それが人をより良い方向に動かす原動力です。維新の会に皆が集まるのも、希望の源泉なのでしょう。






2012年2月15日(水)
胆石手術
1月に妻が胆石手術しましたが、今度は私が、2月7日に胆石の日帰り手術をしました。日帰りのメリットは費用が11万円台と安くできることと、プライバシーに気をつかうことなく自宅でのんびりできるのですが、痛みからの解放は5日は必要でした。
手術時間も2時間くらいですみましたが、それは技術革新の賜物です。イメージ的にはメスで切って、縫い合わす感じをイメージしてたのですが、腹腔鏡で胆嚢を切除します。切除したところは縫合というより、チタン製のクリップみたいなもので胆菅をとめると聞きました。
体にある胆石という異物を除去するために、チタンの異物を入れるなんてと妻に言いましたら、妻は『異物が問題ではなくどこにあるかが問題かもね、異物によって悪くなることが問題なのよ』と言われて納得しました。
良くなるために手術をしたのでした。
南無阿弥陀仏を唱えていることは、私が良くなるために、南無阿弥陀仏が私に入って下さっているのと同じなのです。






 

2012年1月26日(木)
善悪の基準
 善悪の決め方は何を基準にしているのでしょうか。
外科のお医者さんは手術をして患者様に注射をしたりメスで切ったりしても、傷害罪になりません。
それは、患者様をこのままにしていたら取り返しのつかない最悪の結果になるから、
より軽い悪(手術をする)を行使することで最悪を防いでいるのです。
善とは相対的な悪に対して、より軽い悪のことです。
だから見方を変えて、より軽い悪が出現すると悪に変化するのです。
薬害が繰り返されるのも、当時としては最善だったとしても、時代とともに科学が進歩すれば、振り返ってみたら最善ではなく悪に変化するのです。
たとえて言えば、自分に向かってくる救急車と通りすぎた救急車では音が違うドップラー効果のように、人間の善悪は絶対的ではないのです。悲しいことです。




2012年1月26日(木)
不退転の決意
 政治家がよく言う言葉ですが、背水の陣や退路を断つような意味で言われているみたいです。
が、もともとは仏教用語で不退転とは、ブッダになることが約束された地位です。
不退転の地位に到達する努力を例えて言えば、宇宙を持ち上げるより重いといわれます。そして、不退転の地位に到達するまでは、どれだけ努力しても報われない時もあります。
人の10倍努力しても結果がそれに比例しないことが世の中には沢山あります。
しかし、不退転の地位に到達したら、たとえ怠り怠けていても自然に善い結果が現れてくる領域なのです。
 例えて言えば、今までの10分の1の努力で1000倍の成果が現れる世界なのです。
決して悪に変化しないノーリターンポイントが不退転なのです。
 親鸞聖人は私が日々の生活の中で南無阿弥陀仏を唱えて阿弥陀仏に救われているということは、今が不退転の位、弥勒菩薩と同じ生き方をしているのだと言われています。
南無阿弥陀仏を唱えて怠り怠けてる人生でも尊いことだと味わっておられます。有難いことです。



2012年1月26日(木)
 善と悪を一般的に色分けすると白と黒。
どちらかわからない状態を灰色と表現しますが、どうして黒が悪なのでしょうか。
白は潔白、明白とありますが、頭が真っ白になる、白紙で出す、白紙に戻すといえば、あまり良い意味ではないです。黒もフォーマルな服や僧侶の衣も黒色です。
黒字経営といえば赤字より良いことだとされています。
赤は赤字、真っ赤な嘘とか赤にも悪い意味で使われます。
黒がすべて悪ではないのです。

 人も同じです。善悪一方向から決めつけることなく見ることが大切です。


2012年1月26日(木)
信用
 信用不安という文字があふれています。

 ギリシャ、ユーロ、オリンパス、日本、国債などなど。
でも本当に信用できるものだったのでしょうか。

世の中は諸行無常です。仏教は永遠不滅の真理を説きます。
時代が変わっても変わらない存在が仏教です。それが絶対の信用です。



2012年1月26日(木)
消費税について
 消費税上げる上げないで政治が混乱しています。

8、10、15、30%と消費税の税率がおどっています。
政治家や財務省がどこまで上げようとしているかが見えないから、国民が不安になるのでは?
年金も負担額がどこまで上がるかわからない、支給額がどこまで下がるかわからないから不安なのでは?

 一度、期間限定で、贅沢品、例えば飛行機のファーストクラスやホテルのスイートルームや高級外車、高額な宝飾品などを消費税率100%にしてみてはどうでしょうか。

 消費税を上げても購買力が下がれば税収は伸びないのだから、消費税を上げるより経済を上げる努力を不退転の決意でしてほしいものです。
 もしどうしても、消費税を上げるなら、昔の物品税みたいに、お金持ちが買うような高額商品や贅沢品には高い率の消費税にして、日用品には低率の消費税すれば、みんなが納得するのにと思っています。



2012年1月26日(木)
国会議員
 国会議員の削減より、裁判員制度みたいに、
日給で働いてはどうでしょうか。最低賃金で働いてはどうでしょうか。
それならば、誰もJRパスや議員宿舎の文句を言わないんじゃないかなぁと思います。
 生計のために政治をするのではなく、国民のためにボランティアしてくれる人を望んでいます。削減するなら、政局に邁進する衆議院を廃止して参議院だけでいいのでは?



2012年1月26日(木)
年金
 平成元年頃、現役世代6人で一人のお年寄りを支えていた年金、今は3人で一人のお年寄りを支えているそうです。将来は1人で1人のお年寄りを支えるそうです。
 だったら、両親を支えるほうがマシかな?
両親を養うのができない、しないのが問題では?

 もう一度自分の生き方を見つめ直してみたいものです。



~2011年~
2011年12月20日(火)
お寺の子にサンタクロースは来るのか・・・?
 もうじきクリスマスです。この時期になると、子供時分、母に「サンタクロースは家に来るかな?」と聞いたら「ここはお寺だから来ないよ」と言われたことを思い出します。
でも、サンタクロースの立場でみたら、世界中の子供達を幸せにしたいと願っているわけですから、人種、宗教、思想、信条、賢さ等々で子供を区分けはしないと思います。

みんな平等に見ていると思います。
 阿弥陀仏の救いも同じです。何かで区別したり、優劣で人々を見たりしないのです。すべてを平等に捉えて私を救って下さるのです。
今年の漢字は「絆」です。相手と自分がつながっていると気付かないとなかなか絆が見えません。
母が言ったことは、母から見た都合です。サンタクロースの思いに寄り添えば、「必ず来てくれるよ」と言えば良いのです。

興元寺にもサンタクロースという姿となって御先祖様や阿弥陀仏が化身となって顕われて来て下さっているのだと味わえば、有難いことだと感謝できるのです。

それを御利益といいます。礼拝


 
2011年5月25日(水)
大切な人を亡くして・・・
マザーカウンセリング協会の柏原清保トレーナーが4月28日に亡くなられました。ご冥福をお祈り致します。

 先生との出会いは2003年5月27日でした。先生からの御指名で直接お会いする機会に恵まれ、約5時間ほどマザーカウンセリング(MCA)の意義や目指すものなどのお話を聞かせていただき、先生の熱意を感じると共に、MCAのあり方にとても共感しました。それ以来、つかず離れずの関係で協会の活動に関わらせて頂き、2010年からは、妻も柏原トレーナーのもとで勉強を始めました。

 妻は勉強会から帰ってくる度に、「先生、しんどそうに見えるよ。あなたも早く真剣に学んでいかないと、いつどうなられるかわからないよ。」と、何故か、急いで先生と関わるように言われてきました。その再三の言葉に促されて、勉強会に足を運び始めた矢先に亡くなられました。残念なのと妻の直感に驚きました。

 「人が何故、苦しいながらも人生を生きているのか」と考えたとき、自分を理解してくれる人を探して生きているのではないでしょうか。それが、神様、仏陀、御先祖様、お天道様、のかたもおられます。
では、苦しんでおられる方に対して仏陀や神様はどんな方法で救済するのでしょうか。それは、菩薩や化身やいろいろな姿を示して救済活動をして下さるのです。
柏原清保トレーナーはまさに仏陀の化身だった、と私は思うのです。
一人の人間としてみると、あまりにも過小評価になります。私に夢と希望を与えて下さったのですから、頂戴した智慧を、今度は私が分け与える立場になるのだと感じています。それが、仏陀の救済なのです。

 親鸞聖人は、「阿弥陀仏の救済は磁石のようだ」と言われてます。
磁石は鉄をくっつけます。磁石についた鉄は磁石の力で磁力を帯びて磁石になって別の鉄をくっつけます。磁力が強いと、くっつく鉄も沢山の磁石になります。
そのように、仏陀の救済も救われた者が今度は救う側として活動するように働きかけているのです。
MCAの理念も、関わる側の資質向上を目指しています。苦しんでいた人が苦しみから解放された時、今度は苦しんでおられる方に関わっていくことによってお互いが向上していくように働きかけているのです。
仏語で言えば、まさに「絶対的救済活動」を実践されているのです。MCAの活動は、仏陀のいない領域で化身となって人々を救済しているように私には見えたのでした。

 東日本大震災後、「がんばれ日本」とどこででも目にしますが、MCAの柏原清保トレーナーなら「がんばってるね日本」とでもいうでしょう。
いつまでがんばればいいのでしょうか。そろそろがんばっていることを認めてはどうでしょうか。子供に対しても同じです。また、親御さんに対しても、がんばっていることを認めてあげれば、新しい生き方ができるのです。

 大切な人を亡くし、ますますその存在の大きさに気付かされ、受け継ぐべきものの大きさを感じています。





















































 ~2010年~
2010年10月30日(土)
時間 光陰矢のごとし
一年が早く感じる今日この頃ですが、10年前はあっという間ですが、10年後は長いというか、想像もつきません。それは、私の命が10年後生きている保証がないからでしょう。時間が早く感じるということは、幸せだったからだと思います。
体が痛かったり、苦しい状態は時間は長く感じます。 皆さんは幸せに過ごしていますか。











2010年9月26日(日)
意味を持って
運動会の季節です。
親御さんがビデオカメラを駆使して運動会に参加しているお子さまを撮っています。
たぶん、ズームでお子さまを撮っているのでしょう。運動会を撮りに行くなら、広角で全体を撮ればすむのに、わざわざいい場所を確保して親がカメラマンになっています。
他人の子供が転けても、何も相手にしませんが、自分の子供が転けたら、大丈夫か!と近寄っていきます。人間は自分にとってどんな意味があるのかを確認して生きているのです。だから、意味の無い人生だと思う人は自殺を考えるのでしょう。















2010年9月26日(日)
似ている
中国と同盟の北朝鮮。最近は中国が北朝鮮よりアメリカに目を向けています。
アメリカと同盟の日本。最近はアメリカが日本より中国に目を向けています。
どこからも尊敬される国になりたいものです。









2010年9月14日(火)
「危うい歎異抄」の勉強会
9月12日の勉強会は「危うい歎異抄」の題でお話ししました。

歎異抄は親鸞聖人の弟子の唯円が書かれたものです。ですから、額面通りに読むと「唯円の理解力の範疇になって、親鸞聖人の深い思想に到達しない。」と、深川倫雄和上が話して下さいました内容をお伝えしました。

浄土真宗は自分で励む修行はないので、自分の能力がどれくらいなのかを、把握しにくいために、おれは素晴らしいと錯覚しやすい問題があります。親鸞聖人の教えが理解しきれずに、人を惑わす僧侶がいることも事実です。歎異抄は今を映す鏡だと思います。
親鸞さまを聴く会の様子
私も親鸞聖人の弟子として恥ずかしくない僧侶を目指します。





































2010年9月13日(月)
鹿もサルも、私も・・・どうしたものやら・・・
最近京都滋賀周辺の山に枯れ木が目立ってきました。温暖化の影響なのでしょうか。
お寺の周辺でも枯れ木が目立ってきました。
山に食べるものがないのか、鹿が庭木を食べにきますので、お寺の木々は壊滅的です。雑草は食べないので、荒れ果てた風景になって困っています。
鹿も必死で食べに来てるのに助けてあげることができずに、傍観しています。お寺にはサルが10頭くらいで農作物を食い荒らしに山から降りてきます。山が豊かならサルも降りてこないのでしょう。













2010年9月5日(日)
マザーカウンセリングの勉強会に行ってきました
 マザーカウンセリング協会、柏原トレーナーの勉強会に参加しました。
 
 人の話を聞くということはどれだけ難しいかということを再認識しました。カウンセリングと浄土真宗の教えとどういう共通点があるのかといえば、浄土真宗は聴聞と言って阿弥陀佛の救いの法を聞いていくことが、大切といわれます。カウンセリングも、悩んでおられる方が、本当は何が言いたいことなのかを聞いていくことが大事です。どちらも自分の考えを押しつけないことが求められます。
 住職として法話をする立場ですが、住職が一番苦手なのが聴聞だと感じています。一種の職業病といえます。阿弥陀佛の救いの法も、人の話もどちらも聞き取れるようになれば、本当の僧侶なのでしょう。
 マザーカウンセリングと阿弥陀佛の救いの法の聴聞は一生かかって励む修行なのだと味わっています。



















2010年9月3日(金)
カウンセリング勉強会
久しぶりにカウンセリングの勉強会に参加します。
以前からちょこちょこ、細く長く関わってきましたが、私は勉強が大嫌いなので、なるべく深くは参加しないようにしてきました。しかし、これから娘が成長していく中で、比較心の立場から会話をしたら、子供の気持ちは理解できないと思うようになり、これではいかん!と思い立ち、勉強を再開する決心しました。
 カウンセリングに興味がある方は、ぜひマザーカウンセリング協会にアクセスしてみて下さい。きっと世界が変わります。私も頑張って変わっていきます。














2010年9月2日(木)
有難うという習慣
ホームページは坊守が頑張って覚えて、管理しています。住職の私はパソコンが大の苦手です。必要に迫られて嫌々しています。最近妻から教わってやっとブログだけはなんとかできるようになりました。子供には有難うといいなさいと言っているのに、自分はなかなか妻に有難うと言えない私がいます。有難う。










2010年9月1日(水)
新しい幕開け
坊守が中央仏教学院通信教育に入学しました。西本願寺で入学式がありました。今日は新しい幕開けです。








2010年9月1日(水)
Q&Aできました
お待たせしました。Q&Aができました。回答には梯實圓和上様が話して下さいました内容の抜粋も入っています。是非御覧下さい。










2010年8月27日(金)
クリーンな政治
今の政治家に求められてるものは、クリーンな政治と世論調査でいわれています。
しかし、聖人君主やクリーンな人物がはたして存在するのか疑問ですし、もしクリーンな政治家が存在しても、人々を幸せにできるかは別問題です。日本を良くしてくれる政治家を希望しているのが私のすがたなのでしょう。










2010年8月25日(水)
岡山へ
8月24日は、岡山で専光寺様の葬儀のお手伝いを致しました。
岡山も暑くて今年はどこも暑いのだと実感します。
お寺の仏花は冬場は10日は綺麗ですが、夏場は4日しかもちません。八瀬に移転して少しは涼しいかと思いましたが、実際は暑い日々でした。暑さ寒さも彼岸までという言葉のとおりなのでしょう。あと1か月がんばりましょう。











2010年8月20日(金)
盗難事件発生
庭のバラやっとホームページができました。すべて坊守のお蔭です。
私はこの夏、車上荒らしに遭いまして、袈裟、衣、通帳、ハンコと盗まれましたが、すべて無事に戻ってきました。皆様のご心配をお掛けして、申し訳ございませんでした。
また、車上荒らしをさせる縁を作ってしまったことを反省しております。
毎日暑くて、私も軽い熱中症でお盆参りしていました。今は少し痩せて嬉しいです。