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Q&A一覧表
 Q.お彼岸はどんな意味があるのですか?
 Q.東日本大震災で多くの人が犠牲になりました。
 いまだに行方不明の人もおられます。
 行方不明の方は浮かばれないのでしょうか。
 Q. 年回法要は何故するのですか?
 Q.浄土真宗は般若心経を使わないと聞きますが、
 何故ですか?日常のお勤めに使ってもよいですか?
 Q, 浄土真宗の仏様は誰ですか?
 Q, 初七日から49日法要はなぜするのですか?
 Q, 塩を撒かなければいけませんか?
 Q, 49日が3ヶ月(みつき)に跨いだらいけないと
 いいますが、どうしてですか?
 Q, 霊柩車が出発する時に茶碗を割るのは必要ですか?
 Q, お葬式のお布施はいくらが相場ですか?
 Q, 浄土真宗の法名に院号は必要ですか?
 Q, 納骨はいつしたらいいですか?
 Q, 亡くなられた方が好きな肉や魚等のお供えは駄目ですか?
 Q, 霊にとりつかれたのですが、どんな霊か見えますか?


Q.お彼岸は どんな意味があるのですか?
A,以前、興元寺彼岸会法要の御講師として山田行雄和上様がお越し下さった時に、お話下さった内容を用いさせて頂き、説明致します。

此岸(しがん)と彼岸
 昼と夜の長さが一緒になる3月の春分の日と、9月の秋分の日を中心に、前後7日間の事をお彼岸と呼びます。

お彼岸には、寺院に参拝して、僧侶の読経とともにご先祖様に感謝して、覚りを開く為に仏道修行をして、法話を聞くという、この一連の行事を、「彼岸会(ひがんえ)」と言います。

 煩悩のある迷いのこの世界を此岸(しがん)と呼ぶのに対し、向こう岸の悟りの境地、極楽浄土を彼岸と言います。


お彼岸の起源
 お彼岸は日本独特の行事です。お彼岸の起源は、あるひとりの人の霊魂を鎮めるための行事だったのです。

延暦二十五年(大同元年・806年)に「桓武天皇の勅命で、毎年春分と秋分を中心とした前後7日間『金剛般若波羅蜜多経』を崇道(すどう)天皇のために転読させた」とあり、これが最初のお彼岸だとされています。


〜崇道天皇とは〜
 歴史上であまり名を知られていませんが、崇道天皇をご存知でしょうか。有名な桓武天皇は第50代の天皇。その前の49代は、桓武天皇のお父さんの光仁天皇で、桓武天皇の次の51代は桓武天皇の息子の平城天皇。

 崇道天皇という名前は、歴代天皇の系図のどこにもありません。崇道天皇とは桓武天皇の弟の早良(さわら)親王です。


〜早良親王の死と祟り〜
 桓武天皇は延暦三年(784年)に、長岡京へ遷都します。前天皇・光仁天皇の遺言で、皇太子には桓武天皇の弟・早良親王が立っていたのですが、桓武天皇としては息子の安殿(あて)親王(後の平城天皇)に後を継がせたいと思っていました。

 その頃、「新都の造営長官であった藤原種継(たねつぐ)が暗殺される」という事件が起こります。その犯人として名前があがったのが、藤原氏と対立していた大伴一族そして、弟・早良親王。もちろん、「疑い」があるだけでしたが、弟を排除したい桓武天皇にとっては絶好の機会でした。

 早良親王は淡路島へ流されますが、事件以来抗議の断食をしていたために、淡路島へ着く前に餓死しましたが、ご遺体は淡路島で葬りました。

 邪魔者はいなくなり、息子を皇太子にして、桓武天皇は絶対的権力を手に入れます。しかし、延暦七年(788年)に、桓武天皇の夫人・藤原旅子が亡くなり、そのあと妃のひとりが、翌年には母が、さらに、延暦九年には皇后と妃の二人が亡くなります。3年の間に四人の奥さんと母親の5人が亡くなり、誰も疑う事なく、早良親王の祟りである事を口にするようになりました。そして、皇太子の安殿親王まで病気になりました。

 桓武天皇は「次は自分か!」と恐怖を感じ、淡路島にある早良親王のお墓のまわりに堀を張り巡らして、怨霊が外に出ないようにしますが、効果なく、飢饉・天然痘が都を襲い、桓武天皇は、長岡京を捨て新しい都をつくる決意をします。


〜早良親王の鎮魂〜
 風水・占い・陰陽師などを使って、完璧に怨霊を防げる土地に都を遷すのです。それが、現在の京都・平安京です。

 そして、早良親王の鎮魂を願って、一応、天皇になったという想定で、延暦19年(800)7月、桓武天皇は早良親王に「崇道天皇」の尊号を贈り、さらに、7日間通して読経をする行事・お彼岸を始めたのです。お彼岸は、早良親王の怨霊を鎮めるための行事だったのです。


祟道神社
 八瀬の手前に上高野という場所があります。そこに崇道天皇を祀る「崇道神社(崇導神社)」があります。不思議なご縁で八瀬に来た興元寺を見護って下さっているのかと感じます。興味のある方は是非訪れてみて下さい。


阿弥陀仏やご先祖様に護られている幸せを
 お彼岸は、私達が迷いの世界から脱出して、覚りの世界を目指して生きて行くことを再確認する期間なのです。ぜひ皆様も歴史の中の自分を見つめて、阿弥陀仏やご先祖様に護られている幸せを感じて生きてほしいものです。

 南無阿弥陀仏と称えることは、阿弥陀様、ご先祖様に「有難う」と言っていると等しいのです。合掌

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Q.東日本大震災で多くの方が 犠牲になられました。 未だに行方不明の方も おられます。 行方不明の方は 浮かばれないのでしょうか。
A,「死に方が悪いと善い世界には行けないのではないか」と危惧される方がおられますが、それは間違いです。

 死の縁は無量です。生き方と死に方と救済は別です。
仏様に救われていても人生的に恵まれないこともあります。
 
 例えば、死に方が処刑や惨殺などでも仏様に救済されていれば、苦になりません。亡くなられた方、行方不明者はもうすでに救済されたのだと味わえば、世界観が変わります。



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Q.年回法要は 何故するのですか?
A, 一般的には一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌、十七回忌、二十三回忌(浄土真宗はしません)、二十五回忌、二十七回忌(浄土真宗はしません)、三十三回忌、五十回忌、百回忌、以後五十年毎です。

 回忌とは、三回忌なら二周年、七回忌なら六周年です。五十回忌は四十九周年です。亡くなった年を1と数えると、二周年プラス1となり三回忌になります。最近では、三十三回忌以後、三十七回忌、四十三回忌、四十七回忌、五十回忌以後十年毎という寺院もあります。

 基本的には、御先祖様にあの世で、幸せに暮らして欲しいという気持ちで追善供養をされています。そして自分にも功徳が増えて幸せになることを願っておられます。しかし浄土真宗では加持祈祷も追善供養も追善回向も必要ありません。

 その理由は、亡くなった方は阿弥陀仏に救われて、絶対真理の領域におられるのですから、苦しい生活はありません。観音菩薩や弥勒菩薩と同じ領域におられるのですから、路頭に迷うことはありません。私達を永遠に救う仏陀として存在されているのです。それを私達は感謝を忘れずに仏陀に手を合わせるのが、年回法要の意義です。御門徒様の中には、「○○回忌済んだので、これでもう何もしなくてもいい」と言われる方もおられます。こちらの都合で御先祖様にしてあげたという意味合いが強いとそれは義務になります。それでは御先祖様は悲しまれます。何年経っても変わることなく守り続け救い続けるのが、阿弥陀仏です。

 仏陀となった御先祖様が私達を守り続けていることを感謝することが、年回法要だと味わっていただければ、自分の生き方が変わるのではないでしょうか。


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 Q.浄土真宗は 般若心経を使わないと 聞きますが、なぜですか? 日常のお勤めに使っても よいでしょうか?
A,般若心経の主人公は観世音(観音)菩薩です。 観音菩薩の覚りの内容が書かれているのが、般若心経です。
 浄土真宗は阿弥陀佛の救いの法、南無阿弥陀仏をとなえて生活するのが、基本です。 浄土真宗では、観音菩薩は阿弥陀佛の慈悲の象徴(化身)と位置づけています。観音菩薩の本体は阿弥陀佛といいたいのです。阿弥陀佛に手をあわせてるというこ とは、観音菩薩にも手をあわせてることと同じといわれます。ですから、阿弥陀 佛の教えが書かれた、経典(仏説無量寿経 仏説観無量寿経 仏説阿弥陀経)だけ で良いということになります。

 浄土真宗の立場は以上になりますが、 私は、般若心経をおつとめに使っても、バチはあたりませんし、いつも南無阿弥陀仏をとなえているのなら、まったく問題はないと味わっています。

 親鸞聖人は教行信証の最後に華厳経を引用して、「一所懸命修行に励んでいる者が間違った修行をしていても、諸仏はその人を救う」と言われています。間違っ た者を糺すのではなく、無条件の救済を私達に与えて下さるのが、仏陀なのです 。

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Q.浄土真宗の仏様は 誰ですか?
A,私達が信仰している仏様は、阿弥陀佛です。阿弥陀佛とは、具体的には、お釈迦様が覚られた絶対真理の象徴です。また、お釈迦様が説かれた永遠の救済法を未来の人々に残すために、お釈迦様は 阿弥陀佛として説かれました。阿弥陀佛はお釈迦様の永遠の象徴とも味わうこと ができます。仏教とは、仏陀の教えであり、仏陀になる教えなのです。私達はお 釈迦様が説かれた、念仏成仏を信仰しているのです。それを真の仏弟子と親鸞聖 人は味わわれたのです。

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Q.初七日から49日法要は 何故するのですか?

A,お釈迦様がおられた時、お弟子が聞きました。「人間が亡くなって、次の世界に生まれるといいますが、どれくらいの時間で生まれるのですか」と。
 お釈迦様は「よっぽど良い人間とよっぽど悪い人間は亡くなるとすぐに天上界か地獄に生まれるが、たいがいは7日かかって次の世界に行く」といわれました。
 そして、お弟子が聞きました。「亡くなった人が地獄に生まれることがわかったときに救う方法はありますか。」
 お釈迦様は「地獄に落ちる業を作っていたということは、自分さえ良いという考えで生きてきたから、財産を蓄えているだろう。その重みで地獄に落ちるのだから、残された者たちが貧しい人に分け与えなさい。そうすれば、貧しい人を救う為に貯めた財産となって、今までの地獄行きの種が善い種となって地獄を回避するだろう。それを7回繰り返せば、どんな人も仏陀に救われて、覚ることができる。また、残された者たちも仏陀に救われて覚りの領域に到達する」といわれました。

浄土真宗では、阿弥陀佛のはたらきによって覚りの領域に生まれるのですから、「よっぽど良い人間はすぐに生まれる」といわれていますので、49日までの7回の法要はしなくても救われています。ただ、残された者が、今までお世話になったお礼としておつとめするのが、浄土真宗のつとめ方です。

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Q.塩を撒かなければ いけませんか?
A,塩を撒くのは、昔は衛生上の観点からと、神社系の儀式として死者を忌み嫌うところからはじまりました。浄土真宗では、死者を忌み嫌うことはしませんので塩を撒くことはしません。

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Q.49日が3ヶ月(みつき)に 跨いだらいけないと 言いますが、 どうしてですか?
A,
さっきの塩と同じで、神社系の忌明けは50日です。50日後が3ヶ月後になるのを嫌います。理由は「みつき、みつき、みつき」と繰り返し言っていたら、身に付くという語呂合わせからきています。

仏教は亡くなった方は基本的には仏様なので、亡くなられた方を忌み嫌うことはありませんが、神社は基本的には亡くなられた方は悪霊と考えます。塩にしても、「近づくな!」ということですし、鎮魂という言葉を使います。鎮とは<上から重たいもので押さえつけて動かなくさせる>という意味があり、<魂を鎮める>とは、亡くなられた魂を二度とこの世に出さないようにという意味です。

一般的に守護神とか守護霊に護られている人は幸せといわれます。自分の身に守護神がついてほしいのでしょう。何が身に付くかによって人は幸せにも不幸にもなります。
浄土真宗では、阿弥陀佛のはたらきによって、南無阿弥陀仏をとなえている者は、すべての仏陀、菩薩、諸天に護られているといわれています。それが御利益のひとつです。

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Q.霊柩車が出発するときに 茶碗を割るのは 必要ですか?
A,茶碗を割る風習は、「あなたが帰ってきても食べるものはないから、帰ってこないで、迷わず成仏してね」という意味です。しかし、浄土真宗では、茶碗を割る必要ありません。

それは、阿弥陀佛のはたらきによって成仏したのですから、迷うことはないからです。また、「帰って来るな」と茶碗を割っても、お盆には御先祖様が帰ってくるといって、お供えをします。私達はトータルで物事を見ず、目先の事だけ考えて行動するため、時としてチグハグな結果になるのです。そんな私だからこそ、阿弥陀佛は救おうと願われたのです。御先祖様もまた、目先のことだけで、精一杯の人生を送っている、残してきた者を救おうと茶碗を割られても仏陀となって帰ってくるのです。有り難いことです。

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Q.お葬式のお布施は いくらが相場ですか?

 A,浄土真宗の葬儀は比較的安いといわれます。しかし、実状は東京や横浜、大阪などの大都市では、50万円以上とか100万円以上といわれる寺院も存在します。

また、最近は、葬儀を出すお金が無くて遺棄してしまう事件や、葬式代の節約でお坊さんを呼ばない家庭もあります。お別れ会で済ます家庭もあります。
 ですから、一概に浄土真宗が安いとはいえませんが、興元寺では、いくらでも大丈夫なように対応しています。お布施は本来寄付なので、施主様の気持ちで出すものです。自分の気持ちを相場に合わせるものではないのです。

葬式のお布施が高い理由のひとつに、七条袈裟の着用が考えられます。七条袈裟の価格が高いので、お寺さんも維持費がかかるので、お布施が高めに設定されるのです。ちなみに、七条袈裟の価格は安いものなら30万円台からありますが、高いものなら1000万円を超える商品もあります。

西本願寺が七条袈裟の着用をやめれば、お寺の維持費が下がるので、お布施の額が下がるとは思いますが、今までの寺院は葬儀のお布施を充てにしてお寺の維持をしてきましたから、維持できなくなる寺院が今後出てくるでしょう。

「いくら必要か?」、「これくらいで大丈夫か?」と心配な方は一度ご相談下さい。御安心下さい。

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Q.浄土真宗の法名に 院号は必要ですか?
A,○○院釈(尼)○○
 本来、院号は、天皇もしくは皇族が僧になる時に付けられた称号のことです。(六条院・後鳥羽院など)門跡(もんぜき)寺院とは、天皇、皇族が門主となっている寺院のことです。土塀に白い5本線のあるところがそうです。つまり、皇室関係の寺院または僧侶に付けられたのが、院号です。
 「釈」は釈迦佛の弟子になったという意味と、お釈迦様の家族になったという意味で一字ついています。女性についている「尼」とはインドの言葉で「アーマー」といい、訳せば、「お母さん」となります。

院号法名は、西本願寺に20万円以上の寄付でもらえます。
阿弥陀佛の救いは平等ですので、院号が無くても大丈夫です。院号があるから救われるというものではありません。西本願寺の組織を維持するための資金源と割り切ったらいいです。


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 Q. 納骨は いつしたらいいですか?
A,一般的には、49日の忌明けが終わったらいつでもいいです。期限はありません。納骨したいと思われるまで、待ってもかまいません。浄土真宗では日の良し悪しは問題にしません。大安、仏滅などで納骨日を決めるのではなく、ご家族の一番集まりやすい日に納骨するのが一番良いです。

お釈迦様の遺骨が入った容器を仏舎利といいます。2600年経ってもお墓に納めてないのですから、納めなければならないという事はありません。

お墓が無くても、浄土真宗では何も問題ありません。安心して下さい。興元寺では、納骨堂と散骨ができる施設を計画しています。御期待下さい。

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 Q.亡くなられた方が好きな 肉や魚等のお供えは 駄目ですか?
A, お仏壇に亡くなられた方の好きだった、お菓子や果物、ジュースやビール、タバコをお供えしていると思います。基本的には肉や魚などはお供えしませんが、亡くなられた方が好きだったものをお供えしても構いません。生臭をお供えしてバチがあたったり、阿弥陀佛に救われなかったりすることはありません。また、朝食で皆さんパンを食べるのに、わざわざ仏壇にご飯をお供えしなくても、家族と同じパンをお供えしたほうがいいです。

お釈迦様がおられた時、朝の托鉢で食事をわけてもらいに各家庭を訪問される時、基本的には前日の夕食の残り物をもらいに行かれました。ですから、夕食が魚料理だったり、肉料理だったりしたら、お釈迦様も魚や肉を食べておられたのです。ですから、お供え物は自分達が食べるものを供えてあげるのが一番です。

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 Q.霊にとりつかれたのですが、 どんな霊か見えますか?
A,「家庭がうまくいかなくなった」、「自分の周りで不幸なことが続いている」、「自分の人生がうまくいかなくなった」、「それは悪霊がついているせいだと言われたのだが、どうしたら良いか」と時々、電話で相談を受けます。

住職の私は霊感がなく、そのような存在を感じたことも見たこともほとんどないので何ともいえませんが、見える見えないではなく、仏陀や菩薩様や神々に護られているかが大切です。

護られていたら、悪霊も寄ってきませんから、悪霊が見えることもありません。大事なことは、この私は、阿弥陀佛のはたらきによって護られている、そして御先祖様も私のために護って下さっているのだと味わえる生活をするべきです。それが南無阿弥陀仏を称えて生活することなのです。

南無阿弥陀仏が私を包んでいつも護って下さっているのです。有り難いことです。

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