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                             2011.1.15



お寺は全ての人が真実に目覚めて、本当の意味での安らげる場所として存在しています。

お金の有る無しで納骨、永代供養、御供養、法要、読経に差別をすること自体、御釈迦様の平等思想に反しています。ですから、興元寺として今まで御門徒様一律の寄付は避けてきました。

 
お金の有る無しで法要、御供養できない御門徒様がおられないように、興元寺としてすべての御門徒様が御利用できるようにしております。お気軽に御相談下さい。


 住職として、御門徒様に親しまれる興元寺を目指して参りました。しかし、娑婆世界は諸行無常の法則で繁栄と衰退を繰り返しています。既成概念も一般常識も変わっていきます。例えば、お葬式も1980年代頃までは、自宅で通夜葬儀を執り行い、町内の人達が手伝うのが当たり前でした。1990年ごろからホールや式場を借りて親戚、友人・知人、会社関係などが集まり、葬儀を盛大にしていました。2005年辺りから、家族葬が定着してきました。お釈迦様や親鸞聖人に尋ねたら、きっと、「その時代にあったスタイルですればいいのですよ。決まったものは存在しません。」と答えられると思います。


 
お墓も1970年代から1990年代までは、ステータスの一部として購入される方がおられたりして、急速に霊園開発が進みました。興元寺も1990年代に霊園事業の話が持ち上がり、京都市大原野や京都市伏見区日野あたりに計画したこともありましたが、結局、興元寺の目指すものと違ったので辞退しました。

 
時代は移り、2000年辺りからお墓を手放す人が増えました。高齢化と少子化に伴う家系の消滅が主な原因ですが、京都市営の霊園や西大谷などでは、バリアフリーが進んでいないために、「お墓のところまで行くのが無理」と言われて、お墓を手放す方もおられました。バリアフリーの霊園でも、交通の便が悪い所が多くて、結局手放す方も見受けられます。現在、総墓や散骨や樹木葬や納骨堂等々、お墓のあり方自身多種多様となってきました。

 
お仏壇も、時代とともに大きさや形が変わってきました。マンションや今の住宅にあった現代仏壇というのも売られています。しかし、空間にあったデザインといえども、マンションや新興住宅の間取り自体に仏壇を配置する間取りを設計しないと、それは違和感のある空間となります。

 
また手を合わす気持ちの変化も出てきました。御先祖様と思う方、阿弥陀仏と思う方、亡くなったあの人と思う方色々です。

 
一般的には、お墓の延長線上に納骨堂や樹木葬、散骨と位置付けていると思いますが、私は少し違った見方をしています。それはどういう見方かというと、最近では自宅にお仏壇がない家庭が増えていると思います。それが良い悪いと決めることはできません。自分の心の拠り所がしっかりと決まっているのなら心は安定しますが、不安な気持ちが消えないのなら、今の生き方が安定に向かって動いていないのでしょう。その時に、心の拠り所というべき、お仏壇が身近な場所(家)にないために、いろんな新興宗教を身近に感じ、ご縁を結んでいかれる方がおられるかと思います。それで安定されるなら喜ばしいことですが、悲しむ方もおられます。

 興元寺として御先祖様のお墓の延長線上に納骨堂を位置付けていません。納骨堂は、御家庭のお仏壇の延長線上と位置付けています。興元寺の納骨堂に参拝することが、御自身のお仏壇に手を合わせているのと同じなのだということ、それが阿弥陀仏陀に任せて生きている絶対他力の思想の実践と味わっています。お仏壇といえば、「仏陀の家」ということができます。つまり私達は、御先祖様のご縁によって、究極的救済者の阿弥陀仏陀に手を合わせて生きていることを自覚して生きることが、覚りだと味わえるといえます。

 
そして私もまた御先祖様と同じ仏陀の家に生まれるのだと、死の壁を超えた永遠の生を感じ取ったなら、それを御利益といえるでしょう。興元寺としてこのことを全ての人に伝えることが使命だと考えています。 合掌


興元寺の様子